旅先で、ふと足元に目が行くことはありませんか。私は松本の町を歩いていて、そのまま立ち止まってしまいました。写真に撮ったまま、スマホの中で眠っている模様。じつはそれが、作品の入口になります。

マンホールの絵が、そのまま作品の題材になるんですか。

なりますよ。松本のてまり模様は、ゼンタングルととても相性がよかったです。
この記事では、松本で出会ったてまり模様のマンホールの絵を、ゼンタングルに描き起こすまでを書いてみます。模様の見つけ方から、下描き、仕上げまで。読み終えるころには、いつもの通り道が少し違って見えるかもしれません。
松本のマンホールの絵

旅先で心が動くものは、案外足元にあります。松本の町を歩いていたとき、駅前の近くで目に留まったのがそれでした。てまりの柄が描かれたマンホールの絵です。松本てまりは、江戸時代の中ごろに生まれたと伝えられる郷土の工芸品。その色柄がそのまま路面に収まっていて、思わず足が止まりました。観光名所をめぐる途中の、まったく予定していなかった出会いです。そのときの様子から書いてみます。
てまり模様のデザイン
描かれているのは、松本てまりという郷土の工芸品です。江戸時代の中ごろに生まれ、松本城下の子どもたちに親しまれてきたと伝えられています。丸い蓋のなかに、丸いてまり。形と題材がぴったり重なっています。
参考:松本市公式サイト「マンホールカードを配布しています!」
図柄そのものは、中心から放射状に広がる幾何学のかたち。目についた特徴を並べてみます。
- 大小の円が重なり合う構図
- 中心から放射状に伸びる花のような形
- 赤や黄や緑を重ねた鮮やかな配色
工芸品の美しさが、そのまま路面に残されている。そんなふうに見えました。
出会った場所と状況
見つけたのは、松本駅から歩いてすぐの通りでした。特別な目的があったわけではありません。町をぶらぶらしていた、その途中です。
目的地だけを目指して急いでいたら、たぶん見過ごしていたと思います。旅先の発見は、移動の途中に落ちているのかもしれません。
心を奪われた造形の魅力
いちばん惹かれたのは柄と色の組み合わせでした。模様の構成が、そのまま絵の題材として成り立っていたのです。
細かく区切られた面に、色が計算されたように置かれています。線だけを追っても、色だけを見ても、それぞれに秩序がある。
この配置をそのまま紙に持ち帰れないだろうか。立ち止まったまま、そんなことを考えていました。街の模様が、作品の入口に変わった瞬間です。
ゼンタングルとの相性
マンホールの絵をきれいだと思う人は多いはずです。でも、そこから自分の作品につなげる人はあまりいません。その間をつないでくれたのが、ゼンタングルでした。決まった模様を繰り返し描いて、一枚の絵に仕上げていくアートの方法です。この描き方が、マンホールの絵の成り立ちと驚くほど近いのです。なぜ響き合うのか、3つの角度から書いてみます。
反復パターンという共通点
どちらも、同じ形の繰り返しでできています。てまりの模様は、球の面を区切って同じ単位を並べたもの。ゼンタングルのタングルも、小さな形を繰り返して面を埋めていきます。
だからマンホールの絵を眺めていると、この区画はあのタングルに置き換えられそうだ、と自然に浮かんでくるのです。頭の中で翻訳しなくていい。これは思っていた以上に大きいことでした。
線だけで完成する手軽さ
ゼンタングルは黒いペン一本で仕上がります。色を再現しなくていいので、街で見た模様を持ち帰るハードルがぐっと下がりました。
濃淡は、線の密度と鉛筆の陰影で出せます。画材をそろえなくていいぶん、思いついたその日に手を動かせるのもうれしいところです。
模様を切り取る視点
ゼンタングルを描くようになると、日常の見え方そのものが変わります。描く材料をさがす目が、少しずつ育っていくのだと思います。
これまで通り過ぎていたものが、次々と目に飛び込んでくるようになりました。
- 門扉の細かな装飾
- 壁のタイルの割りつけ
- 葉の形と葉脈の走り方
- 敷石の並びかた
松本のマンホールの絵で足が止まったのも、この目が育っていたからだと思います。
マンホールの絵の描き方

実際に描くときは、写真をそのまま写すわけではありません。ゼンタングルにはストリングという下描きの線があって、まず画面を区切ってから模様を入れていきます。今回はマンホールの絵の構図を、このストリングに取り入れました。てまりの模様も参考にしながら、自分の手が動く形に置き換えています。どんな手順だったか、3つに分けて書いてみます。
写真から下描きへの変換
最初にしたのは、写真の構図をストリングとして写し取ることでした。構図さえ借りれば、細部は自分の描きやすい模様に置き換えられるからです。
円が重なり合う配置だけを、鉛筆でそっと写します。細かい図柄には手を付けません。ここで写しすぎると模写になってしまって、かえって手が止まるのです。
タングルの選び方
区画が決まったら、そこに入れるタングルを選びます。てまりの模様を参考にしつつ、自分が繰り返し描ける形にするのがコツです。
今回、軸にしたのはこの3つ。
- 花びらが開く形
- 渦を巻いて回る形
- 星が尖る形
見た目を忠実に再現するより、手が気持ちよく動くことを優先しました。
陰影で立体感を出す工夫
最後に鉛筆で陰影を入れます。線だけでも十分に素敵なのですが、陰影を入れると立体感が増して、ぐっと魅力的になります。
区画の境目や、円が重なって下になるところを暗く落としていきます。この一手間で、紙の上の模様がふっと立ち上がってきました。
街の模様の取り入れ方
街で見かけたものを作品にしたい。そう思ったとき、取り入れ方はひとつではありません。私は大きく3つに分けて考えています。模様を借りる、形を借りる、構図を借りる。どれを選ぶかで、出来上がる作品はまったく別のものになります。今回のてまりのマンホールで使ったのは、3つ目でした。それぞれの違いを書いてみます。
模様を参考にする
いちばん取り入れやすいのが、模様そのものを借りる方法です。目に見えたものを、そのままタングルとして描き写せます。
そのまま取り入れてもいいのですが、単純化したり、特に気に入った部分だけを切り取ったり、思いきりデフォルメしたり。手を加えるほど、自分の模様に近づいていきます。
繰り返しの単位がはっきりしているものほど扱いやすい。たとえば、こんなものです。
- 壁のタイルの割りつけ
- 鉄柵の繰り返し
- 葉脈の分かれ方
- 敷石の目地の走り
どこから手をつけようか迷ったら、まずはここから試すのがおすすめです。
形を参考にする
次が、輪郭の形だけを借りる方法。中身は自由なので、同じ形からいくつもの作品が生まれます。
葉の形、瓶の形、看板の形。外側の線を写して、内側を好きなタングルで埋めていきます。
構図を参考にする
3つ目が、全体の配置を借りる方法です。今回のてまりのマンホールで使ったのが、これにあたります。
構図は、ゼンタングルのストリングにそのまま置き換わります。大小の円が重なる配置だけを写し取って、区切られた面をそれぞれ別のタングルで埋めました。
元になったものの気配は残るのに、出来上がるのは自分の絵になります。3つのなかでいちばん自由度が高くて、街歩きの記憶を残すのにも向いた方法だと思います。
よくある質問
ここまで読んで、自分でも描いてみたくなった方がいるかもしれません。とはいえ、道具は何をそろえるのか。街の模様を描いて大丈夫なのか。気になることもあると思います。よく聞かれる質問と、私なりの答えをまとめました。道具は驚くほど少なくて済みます。特別な準備がなくても、今日から始められるものばかりです。
ゼンタングルに必要な道具
必要なのは、細いペンと小さな紙、それに陰影をつける鉛筆だけ。私がいつも使っているのはこちらです。
- サクラクレパスのピグマ 01・03・05
- ゼンタングル公式タイルや認定講師の方が販売しているタイル
- 陰影用の鉛筆
今回の作品では、ミューズのてのひらペーパー MARU という丸い紙を使いました。特別な画材をそろえなくても始められます。
初心者が最初に描く手順
まずは紙を小さく切るところから。面積が小さいほど、短い時間で一枚を仕上げられます。
水彩画用紙を9センチ四方にカットすると、公式タイルに近い大きさになります。あとは鉛筆で自由に線を引いて画面を区切り、区切られた面をひとつずつ模様で埋めていくだけ。完成の形を決めずに始めるのが、続けるいちばんのコツだと思っています。
マンホールの絵を描く際の権利関係
マンホールのデザインは、自治体などが権利を持っている場合があります。個人で楽しむ範囲で描いたり、SNSに載せたりすることが問題になる例は、あまり聞きません。ただ、グッズにして販売するなど商用で使うときは、事前に確認しておくと安心です。
今回の作品は構図を参考にしたもので、図柄をそのまま写したものではありません。ここに書いたのはあくまで一般的な考え方です。迷うときは、デザインを管理している自治体に問い合わせるのが確実だと思います。
撮影時のマナーと注意点
撮影でいちばん大切なのは、安全の確保です。しゃがみ込む時間が長くなりやすいので、周りを確かめてから構えるようにしています。
- 車道ではなく歩道にあるものを選ぶ
- 通行の妨げにならない位置での撮影
- 人や車のナンバーの写り込みへの配慮
- 私有地は許可を得てから
気持ちよく撮らせてもらうための、心づもりのようなものです。
上手く描けないときの対処法
線が思ったとおりに引けなかったときは、その線を活かして模様にしてしまいます。ゼンタングルには正解も間違いもありません。
はみ出した線は区画の境目になりますし、震えた線も繰り返せば味のある模様に変わります。消しゴムを使わないのが、この方法のおもしろいところ。
違った線を引いてしまったと感じても、ぜひ最後まで仕上げてみてください。仕上がったときには、思いがけず素敵な一枚に出会えるはずです。
松本のマンホールカード入手先
松本市のてまり柄のマンホールカードは、松本市観光案内所で配布されています。場所は松本市大手三丁目、松本市役所大手事務所の1階です。JR松本駅にある観光案内所では配布していないので、気をつけてください。
じつは私、マンホールカードの存在をあまり知りませんでした。帰宅してから松本市のホームページを見て、ちゃんと知ったのです。今回の旅では手に入れられなかったので、次に訪れるときの楽しみにしています。配布時間や在庫は変わることがあるので、出かける前に松本市の公式ページで確かめておくと確実です。
街の模様は作品の宝庫
街を歩いていて目に留まった模様が、一枚の作品になりました。特別な技術は使っていません。必要だったのは、足を止めることだけでした。
- 足元に眠っている模様の宝庫
- 模様・形・構図という3つの取り入れ方
- ストリングにそのまま置き換わる構図
- 正解も間違いもないアートメソッド
違った線を引いてしまったと感じても、ぜひ最後まで仕上げてみてください。仕上がったときには、思いがけず素敵な一枚に出会えるはずです。
次に街を歩くときは、少しだけ足元を見てみませんか。門扉の飾り、壁のタイル、葉っぱの形。きっと、描きたくなるものが見つかります。写真に撮ったら、紙を9センチ四方に切って、ペン一本から始めてみてください。



