おとぎ話をテーマにした企画展です。赤ずきん、シンデレラ、長靴をはいた猫。物語の世界に浸れる時間を想像して出かけました。
帰り道、メモを見返して気づきました。私が書き留めていたのは、物語のことではありませんでした。扇の中骨に彫られた文様。挿絵の線の重なり。本の表紙の箔押し。ずっと「装飾」ばかり見ていたようです。
なぜそうなったのか。この記事は、その理由をたどった記録です。
「Fairy Tale MODE」はどんな展覧会だったか
この展覧会のテーマは、19世紀から20世紀にかけてヨーロッパで花開いた挿絵本の世界を中心に、おとぎ話のイメージの中に息づく「モード」をさぐるというもの。美術、デザイン、ファッションという三つの観点から、多角的に読み解いていく構成です。
つまり「おとぎ話の絵を集めた展覧会」ではありません。おとぎ話に登場する装いが、現実のモードとどう響き合ってきたかを追いかける展示なのです。
だから会場には挿絵本だけでなく、扇、ドレス、舞台衣装、ローブといった実物が並んでいました。物語のイメージと、実際に人が身につけたものが、同じ空間に置かれている。この構成が、とても刺激的でした。
赤ずきんのフード、シンデレラのガラスの靴、長靴をはいた猫のブーツ。言われてみれば、おとぎ話の登場人物はたいてい「何を身につけているか」で記憶されています。装いが物語を運んでいるのだと、会場を歩きながら気づかされました。

最初に足が止まったのは、扇の中骨に彫られた文様だった
そんな展示の中で、私が最初に立ち止まったのは扇でした。
18世紀のサロン文化を象徴するアイテムのひとつです。会場では、当時の社交の場でどう使われたかという文脈で紹介されていました。
けれど私が見ていたのは、扇の面に描かれた絵ではありませんでした。中骨に刻まれた、細かい文様です。
扇には部位ごとに名前があります。絵が描かれた紙の部分を地紙(じがみ)、それを支える細い骨を中骨(なかぼね)、両端の太い骨を親骨(おやぼね)、根元の留め具を要(かなめ)といいます。私の目を捉えたのは、そのうちの中骨でした。
18世紀の扇は、骨そのものが装飾の主役でした。象牙や鼈甲といった素材に、透かし彫りを入れる。細かい反復文様を刻み込む。手のひらに収まる小さな面積に、驚くほどの手間がかけられています。
顔を近づけて、その装飾をじっくり見てしまいました。
この時点では、まだ自分の見方の癖に気づいていませんでした。
挿絵の線に、見慣れたものを見つけた
次に足が止まったのは、挿絵本のコーナーでした。
植物や昆虫が擬人化された絵。おとぎ話の場面。どれも魅力的だったのですが、その中でも特に目が吸い寄せられたのは、細い線を重ねて描かれたものでした。
こういう画風は、もともと好きです。ただ、なぜ好きなのかを、これまで考えたことがありませんでした。会場でその答えらしきものに行き当たった、というほうが近い気がします。
ハッチングだけで陰影をつくるということ
色を塗り重ねずに、どうやって影をつくるのか。線を重ねるのです。
細い線を並べ、角度を変えてもう一度重ね、密度を上げていく。線と線のあいだの余白が狭くなるほど、そこは暗く見える。ハッチングと呼ばれる技法です。濃淡のすべてが、一本ずつ引かれた線の集まりでできています。
ペンで模様を描く感覚との近さ
理由は、たぶん単純です。これは、私が普段やっていることとほとんど同じでした。
ゼンタングルでも、ペン一本で面を埋めていきます。塗ることもありますが、線を重ねて濃さをつくる。手を動かしているときの感覚が、あの挿絵の前で急によみがえってきたのです。
100年以上前のヨーロッパで、まったく違う目的のために引かれた線。線の重なり方に何故か惹かれました。私が好きだったのは絵柄ではなく、線の引かれ方そのものだったのかもしれません。
しばらく、その場から離れられませんでした。
表紙もまた、装飾された一枚だった
本の表紙にも、足が止まりました。
挿絵本は開いた状態で展示されているものが多いのですが、表紙が見えるように置かれたものもあります。その意匠の美しさに、また目を奪われました。
19世紀の本は、表紙そのものが作品でした。布地に金の箔押しで模様を入れる。反復するパターンで全体を覆う。中身を守るためだけの存在ではなかったのです。
ここまで来て、ようやく自分の見方に気づきました。
扇、挿絵、装丁。素材も用途も時代も違います。それなのに、私が反応した場所は毎回同じでした。手で刻まれた、装飾の線です。
物語の世界観を見ながら、私はずっと線を見ていた。
順路をさらに進むと、『ふしぎの国のアリス』の挿絵がありました。誰もが知っている物語です。それでもやはり、私が追っていたのは線の引き方のほうでした。
そう思っていたところで、一枚だけ例外に出会います。
ひとつだけ、線ではないものに惹かれた
ウォルター・クレインが絵を手がけた「新年の仮想祝賀会」という作品です。原作はチャールズ・ラム、『エリア随筆集』の続編に収められた一編にあたります。
これは、一年の日付たちを擬人化した絵でした。
元日、聖バレンタインデー、四月馬鹿。カレンダーの中の日付が、それぞれ人の姿をとって宴に集まってくる。そういう趣向の物語なのだそうです。
この絵の前では、線ではなく設定そのものに引き込まれました。日付に性格があるという発想。その一日が持つ空気が、そのまま人物になっている。どんなお話なのだろうと、強く思いました。
帰ってから調べたところ、邦訳も出ているようなので読んでみるつもりでいます。
展覧会で「その本を読みたくなる」という体験ができたのは、思いがけない収穫でした。
「モード」を、私は線として見ていた
家に帰ってメモを整理しながら、ひとつ気が付いたことがあります。
この展覧会のテーマは「モード」でした。装いです。そして装いというのは、突き詰めればどう飾るかの選択なのかなと思います。
扇の骨に文様を彫るのも。挿絵の中でドレスの襞を線で描き分けるのも。本の表紙に模様を押すのも。すべて「どう飾るか」という同じ問いへの答えでした。
私はその答えの部分、つまり線と模様のほうばかりを見ていたことになります。テーマから外れた見方をしていたと思いましたが、そうではなかったのかもしれません。
自分の好きなものに気が付く展覧会でした。おそらく私は、これからも物語より先に装飾を見てしまうのかもしれません。
帰ってから、一枚描いた
家に帰って、ペンを持ちました。
たくさんの素敵な作品を見ると創作意欲が湧いてきます。決してそんなすごいものが作れるわけではないけれど、「描きたい!」という気持ちの中、手を動かすのはとても楽しい時間です。

まとめ
「おとぎの国のモードをさがして/Fairy Tale MODE」を観て、私が持ち帰ったものは四つ。
- 扇や装丁のような「小さな装飾」に、いちばん心が動くという自分
- エッチングのハッチングと、ペンで模様を描く感覚は似ているという発見
- 読んでみたい本が一冊増えたという、思いがけない収穫
- 帰ってから、一枚描きたくなったという気持ち
展覧会は物語を味わう場所であると同時に、自分がどこを見ているかを知る場所でもあるのだと感じました。
もし美術館に行かれるなら、ぜひ「出品リスト」を手に展示品を見てまわってみてください。 出品リストは受付などで配布しています。気になった作品のリストの横に印をつけてまわるだけでも鑑賞の楽しみ方がグッと深くなると思います。
会期は8月30日までです。気になった方は、ぜひ足を運んでみてください。
企画展情報
- 企画展名:おとぎの国のモードをさがして/Fairy Tale MODE
- 会場:千葉市美術館
- 会期:〜2026年8月30日(日)
- 観覧料:一般1,500円/小・中・高校生は無料
- 開館時間:10:00〜18:00(金・土曜日は20:00まで)※入場受付は閉館の30分前まで
- 休室日:月曜日
- その他:金・土曜18時以降は観覧料が2割引。会期中の水曜14時からギャラリートークあり
※ 最新の情報は千葉市美術館の公式サイトでご確認ください。

